養老孟司先生インタビュー①
養老先生とモンテッソーリ教育


本企画では、養老孟司先生にお伺いしたお話を、3回に渡ってお届けします。

 

第1話 養老先生とモンテッソーリ教育 (←今回はこちら)

第2話 「同じ」と「違い」

第3話 子育てで一番大事な事

 

養老 孟司 先生

 

養老孟司先生は、誰しもがその名前を知る著名な研究者であり、ベストセラー作家です。現在も執筆・講演活動、ゾウムシの研究など多岐にわたって幅広くご活躍されています。

 

また、子育てについての著書もご出版され、講演会などでもお話をされていらっしゃいます。

 

今年(2017年)8月8日に東京で行われた「日本モンテッソーリ協会(学会)第50回全国大会」でも、基調講演で「ヒトの心とからだ ~ヒトと動物はどこが違うのか~」についてお話しされ、大好評を博しました。

 

インタビュー第一弾では、「養老先生から見るモンテッソーリ教育」について、お伺いしました。

 

 

 

養老先生とモンテッソーリ教育

子どもを本気で見ている人たちが考える教育

– 養老先生とモンテッソーリ教育との接点は、何かございましたか?

 

「私は『モンテッソーリ教育』を特別勉強した訳ではありません。ただ、私が30年以上理事長をやっている保育園があって、そこでモンテッソーリ教育をやっていたんです。」

 

– では、実際にご覧になった事もあるのですね。先生から見たモンテッソーリ教育の印象はいかがでしたか?

 

やっぱり子どもを本気で見ている人たちが考える教育なんじゃないですかね。僕はクラスの様子を少し見ただけだけど、すぐに『これは良い』って思ったもんね。」

 

– モンテッソーリ教育を「子どもを本気で見ている人たちが考える事」と感じて下さったわけですね。それは大変嬉しいです。

 

 

 

古いものは、あっていい

– モンテッソーリ教育は百年以上前に考案された事で歴史もあるのですが、一方で「今の世の中に合っているのか」という疑問も時々あるようです。

 

「僕の行った中高はカトリックでしたが、カトリックなんか2千年やっているんだからね。昔からのルールとか、決まった何かがあるという事は、実は大切な事なんです。

 

逆にそれがないと、訂正もできない。『ああ言っているけど、実はこうなんだよ』『この場合は別だ』って。だけど、昔からのルールや考え方がないと、それが分からない。『何でもありってなっちゃう。今は特にそうなりやすいから、古いものは大事なんです。

 

– ある意味、少し堅苦しい所も大切だと。モンテッソーリ教育もキリスト教が背景にあります。

 

「結局教育は、長い目で見ると宗教背景がある学校がちゃんとやっています。イエズス会の学校なんか、世界中で評価が高いです。だから古いものはあって良い。若い人が『それ、おかしいだろう』って言える物があるのは、幸せな事なんですよ。」

 

 

異年齢保育で社会性が育つ

– モンテッソーリ教育では、クラスの子ども達が異年齢(縦割り)なのが特徴です。「異年齢保育」についてはどう思われますか?

 

「田舎だと、友達も数少ないから異年齢で集まれるでしょう?

 

都会だと異年齢集団がないので、社会性が発達しないんですよ。異年齢保育は大事ですよ。

 

例えば保育園で異年齢保育をやろうとしても、病気がうつると園医に反対されたりして(感染した場合大きい子は平気だけど、小さい子は重くなるとか)文句言われたりするのですが、本音は恐らく面倒くさいんですよ。年齢が違うと、保育をする方が大変でしょう。揃っていれば楽だから。

 

あれは大人の都合でやっているんで、子どもの都合じゃないですよ。子どもの都合だったら異年齢集団で、上の子どもが下の子どもの面倒見ることが良い。

 

社会に出てもそれで分かるでしょう?集団で人の面倒を見られる人と、見られない人といます。しかも異年齢保育では、関係性が常に一定じゃなく、状況によって変わって来る。『こういう状況ではこのボスは役に立たない』って。山、川、海、それぞれで皆関係が違いますからね。そういう事を一人でに覚えて来るんだよ、異年齢集団ってね。」

 

– 本当の意味での「集団」ということですね。

 

(サンタアナのMontessori International Academy)

 

「そう。それを今全部外して、子どもは『大人と付き合うか、同年齢と付き合うか』でしょう?何でこんなに単調な環境に、子どもを置くんだよ』って思います。生き物は単調な環境に置くと、またそれに適応しちゃいますから。それ以外の能力が伸びて来ない。『こんな事をしてたら、子どもが危ないよ』って、いつも思っているんだけどね。」

 

– 今は横割り保育が主流ですが、それは不自然ということですね。

 

「何でか知らないけど、そういう方向に決めるんだよ。

 

僕はね、子どもの事は大事だと思っているから。でも皆、考えなさ過ぎだと思っている。本当の意味でね。

 

大人の頭で動くのではなく、『直に子どもを見る』っていうのが大事です。子どもは『この人が本当に自分を見ていてくれるか』って、ちゃんと判断しています。本気で子どもを見て、本気で相手にしていれば、必ずついてきますから。」

 

– 子どもを良く観察することが重要なんですね。

 

 

子どもを差別してはいけない

「ある時に、子ども達が四角い数字の紙を切り抜いて、カレンダーを作っていました。一般的なカレンダーと同様、枠は一週間ごとです。月によって、1を水曜日の所に貼ったりして、一か月分貼ります。

 

後で100人位の子ども達の作った物を見ますと、明らかにその中に変なのがあったんです。」

 

– 変なカレンダーですか?

 

「間が空いてしまったり、ガタガタしていたり…。3枚ありました。

 

四角い枠に切った紙を貼っていくだけ…という単純な作業。動物はやらないですよね。でも人間だとそれを揃えようとするんですが、間が均一にならなかったりします。

 

『子どもの発育段階は、簡単なことをやらせると良く分かるんだな』と思いましたね。」

 

– その3枚を作った子だけが目立ってしまいそうですね。

 

「そう今の世の中ではうっかりすると、すぐに『子どもの選別』に繋がるから、気を付けなくてはいけないんですそれは、教育をやっている人がちゃんと心得ていなきゃいけないと思います。」

 

– 子どもの能力が出てしまうと「うっかりすると試験などの選別にも使えてしまう」ということですね。

 

「子どもを差別してはいけません。人間は様々で、どの人がどういう局面で、どう役に立つか、誰にも分からない。

 

そして、子どもはどんどん変わっていきます。今こうだからといって、将来どうであるかも分からないですから。生き物は絶えず変わって行きます。それが生きて行くと言う事ですからね。」

 

 

– モンテッソーリ教育に限らず、「子どもと関わる全ての教師」がそう言った目で子どもを見る事が大切ですね。

 

「僕は何かそう言う『基準』を持っている事が大事だと思っています。間違っていても良いんですよ。大事なのは、先生が『自分の中』に子どもを見る『基準』を持っていると言う事です。」

 

– どの子がどうだ、問題児だ、と公にするのではなく。

 

「公にするのは、具合が悪いんです。ああいう風に手先の作業をさせる事、それは一種の客観性ですから、それだけで良いんです。

 

それから先は、先生が自分が考えないといけない。自分がそういう事をさせた上で、子どもをどう見ているかっていう事が大事。先生の自分自身の訂正ですよ。」

 

(第1話終わり)

 

 

次回は、モンテッソーリ全国大会の講演をふまえて、「同じ」と「違い」のお話を伺います。

 

 

 

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